かつしかあるく #1 立石〜新小岩

machi — タグ: , , , , — takahashi @ 2:36 AM

葛飾区立石(たていし)から同区新小岩までをあるきました。

立石を中心とする旧本田(ほんでん)地区は、区内のほぼ中心部に位置しています。この地区にある立石や四つ木(よつぎ)は区内でもわりと早くから市街化したこともあって、工場や商店などの集まる、いわゆる下町っぽい町並みがみられる地域でもあります。区役所も立石にあり、葛飾区の「へそ」といったところです。

映画の撮影に使われたりするのも、古い商店街などがあり、下町っぽさをのこす町並みからでしょうか。おいしい洋食屋さんなんかもあって、ぶらぶらするのにはよいまちです。

駅からまちのなかをぬけ、奥戸街道から中川土手にでます。奥戸街道を右にまがり土手沿いをあるいていくと、やがて区内を南北にはしる平和橋通りにでます。まっすぐ南に歩いていくと、新小岩です。新小岩にちかづくにつれ、通り沿いにビルやマンションがふえてきます。どこをみてもたいてい空がひろい葛飾区にあって、おそらくこのへんがもっとも都会っぽい景色じゃないでしょうか。立石のある旧本田地区から中川をわたった新小岩周辺は、同じ区にありながら通っている電車の路線がちがうこともあり(立石は京成、新小岩はJR総武線)あまり一体感はないように感じます。駅周辺のにぎやかさは(それでも他区の繁華街とくらべるとたかがしれてますが)区内ではほかにないですし、まちには工場も多く、荒川土手とその上をはしる首都高も近いため、かなり雑多でノイジーな印象です。四つ木や立石あたりとくらべると中小といってもやや規模の大きい工場が多い気がします。

立石から新小岩、距離にすると3kmくらいでしょうか、同じ区内にあってもまちの印象はことなるものです。東京近郊のまちを電車の窓からみると、建物の高さや住宅の密度など、一駅ごとにかわっていきます。すこしずつちがった町並みがあつまって、雑多な、それでいてある一定の統一感をたもちながら、よりおおきなまちの景色をつくっています。ひいてみても、よってみても、それなりにおもしろい。

このあたりはザッツ・ゼロメートル地帯でもあります。もともとやわらかい土壌のうえに、たくさんの工場が地下水をくみ上げた結果地盤沈下をおこし、土地のたかさが海面よりも低くなってしまった地域のことです。オランダ(Nederland=低地地方)もしくはミシシッピみたいなとこです。ほとんど坂のない、変化に乏しい地形です。

この柔らかな湿った土地、不安定な足場は、でもわたしが文字通りアットホーム(at home)に感じる場所でもあります。それは、自分自身のからだにとっての「定位の場」 (( このことばは『包まれるヒト』(岩波書店、2007)という本で読んだ、脳性麻痺の人のためにオーダーメイドの椅子をつくっている野村寿子さんという作業療法士の方がおっしゃていたことばです。世界とつながるための「定位の場」を、椅子を通して提供するお仕事についてのインタビューがのっています。ものすごく感動するお話です。ほかにもホンマタカシ、保坂和志、青山真治の話や、環境に包まれることを考える哲学についての文章など、とても刺激的な本です。図書館でぜひさがしてみてください。http://www.jla.or.jp/link/public.htmlから各県の公共図書館の蔵書を検索できます。地元になくても、相互貸借制度を利用すれば他の自治体からとりよせることができます。 )) 、そこから世界をながめる場所です。この場所にある自分のからだからしか、世界とつながっていくことはできません。いちばんしっくりくる場所から出発して、しっくりこない場所のしっくりこない箇所をみつける。でもそのしっくりこなさは、ときに不快ではなく、はじめてあじわう異なるここちよさでもあります。まちは自分のからだの延長のようなものでもあり、それはまちがわたしのものであるということではなくて、まちと自分のからだの境界があいまいである、ということはまちを介して他のからだともつながっているということでもあるはずです。だから、まちをあるくことは刺激的で、ときに興奮します。それがたとえ、地元のなんでもない(ように思える)まちであってもです。

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