かつしかうつす #1 葛飾区亀有・白鳥

machi,tumblr — タグ: , , , , , — takahashi @ 7:54 PM
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葛飾区亀有、白鳥(しらとり)周辺を歩きました。白鳥は工場(こうばでなはく、こうじょう)が多く、この間行った東大阪を思い出しました。工場と工場の間の決して広くはない道を、大きなトラックが走って、そのよこで小学生が「だるまさんがころんだ」をしていました。大阪の景色を見たときに、「ノイズ」が多いと感じましたが、葛飾の工場のある景色も、なかなかうすぎたなくて、いいものでした。

亀有白鳥@tumblr:http://libertysketch.tumblr.com/tagged/kameari-shiratori

かつしかめも #1 

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なんでまちを歩くことが自分にとって面白いのか、また同じようにまちについて気になっていたり考えていたりするひとたちが、どういうふうにそれをことばにしたり、あるいはなんらかの形で表現しようとしているのかが気になって、図書館で「都市」「郊外」などのキーワードでひっかかる本なんかを借りては読んでいるのですが、やっぱりおもしろい本っていうのはつねに手元においておきたくて、結局アマゾンやbk1で買ってしまいます。ベンヤミンの『パサージュ論』(岩波現代文庫)もまよったけど結局全巻大人買いしてしまいました。

田中純『都市の詩学』(東京大学出版会)という本を去年のはじめごろ買ったんですが、通読するっていうよりもそのとき気になった章を中心にひろい読みする感じで、そこで引用されてる本をまた探して読んだり、ずっと「足がかり」的に使っています。ほかにもウジェーヌ・アジェ ((ドアノーは結局人がメインな感じがいまいちぴったりこなくて、やっぱりアジェです。)) 『Atget Paris』、『宮本常一写真図録 第一集 瀬戸内海の島と町』(『宮本常一写真・日記集成』は高すぎるので)、森山大道『新宿』、荒木経惟+陽子『東京は、秋』、福井伸宏「Every Sunday(http://www.nobuhiro-fukui.com/index.html)」など、まちを撮った写真が気になってしかたなくて、知ってたけど今までちゃんと見たことがなかったものもふくめて、気持ちがのっているときにおさえておこうと思っています。

ぼくの目にうつる都市は、そのままで巨大な美術館であり博物館なのだ。そうした路上には日々キリもなく生き生きと人臭いアートが充ち充ちていて、わざわざカメラでアートするまでもなく、街衢そのものがリアルな無数の作品である。

(『もうひとつの国へ』森山大道, p166)

夫■もうひとつね、新宿の御苑に向う途中に電信柱がぼんぼんとある。この写真が気に入ってんだ。
妻■電信柱が一杯あって、うっとうしいけどね〜。
夫■さえぎるものが一杯あるのが好きなんだ。この線がなぜかいいんだなあ。いいなあ。(机をたたいた)原風景だなあ。まったくあたり前なんだよ。すべてが原写真。いつも通ってる、なんでもないいつもの所を、なんでもなく撮る。それが欲しいんだよ。
妻■それなかなかできないでしょ。できないと思う。だからそういう写真見ると、すごいと思っちゃう。
夫■だいたい街が表現してるのに、それを複写すればいいのに…。
妻■自分を表現したくなっちゃう。
夫■そうじゃないと表現者とみられなくなっちゃうと思ってる。それがダメなんだよ。

(『東京は、秋』(筑摩書房版) 荒木経惟+陽子, p84)

この辺を読んでぼくも机をたたきたくなったんですが、ほんと、まちには全てがあります。視覚、聴覚、嗅覚、それぞれがばらばらに、散漫に、まちを感じて考えています。もうそのままで完璧におもしろい、だから自分からなにか表現する必要なんてなくて、ただそこにあるものを目撃するだけで十分という。まちには見たいものも見たくないものも、好きなものもきらいなものも、会いたい人も会いたくない人も、すべていっしょくたにある、本来きわめて健全な場所なんだとおもいます。きっとおもしろくないまちなんて、ないです。だからまちを歩くこと、考えることは常におもしろいんです。

ほどよいたかさ

machi — タグ: , , , , , — takahashi @ 4:51 AM
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『非常階段東京ーTOKYO TWILIGHT ZONE 』(青幻社, 2008) という写真集があります。夏ごろだったか、勤務する図書館で新着本の受入をしていたときにみつけて気になっていたのですが、先日やっと借りてきました。このサイトで何枚か写真が紹介されています(リンク先写真上から、江戸川区南小岩、墨田区八広、同八広、新宿区歌舞伎町、葛飾区新小岩。著者の佐藤信太郎さんのサイトはこちら→http://shinsato.cool.ne.jp/)。

タイトルと表紙だけをみて、どうせ都心部ばっかりなんだろうなとおもっていたのに、江戸川区平井や墨田区八広、葛飾区新小岩といった、東京東部の低地、それもいわゆる「下町」としてメディアに紹介されるまちとも微妙にずれている地域の写真がおおく、かなり身近な風景として(知ってる建物とかうつってると、なんだかうれしくなっちゃうもんです)、そして自分がいま関心をもっているエリアと重なっていることもあり、いろいろ考えながらながめていました。マンションそだちのわたしには、このたかさからみわたす東京低地の風景は、すごく「身におぼえ」があって、みているだけでいろんな記憶が刺激されます。二十数年ぶんの生活の記憶がこの風景のなかにあるわけですから。それはこうして「みわたす」(みおろすんじゃなくて)ことによって、はじめて可能になるものなんだとおもいます。この非常階段からの視点というのは、たかすぎず、ひくすぎず、すごく適切な、からだをうしなわずに、そのまちの生活をながめることができるようなたかさです。わたしのおもう「東京」は、どちらかというとこんなまちです。

著者の佐藤信太郎さんがあとがきでかいているように、これらの写真は「人々が生活する居住地域と商業地域が混ざり合った場所」を「人工光と自然光が混じりあう夕方から夜にかけて」撮影していて、そういうあいまいな、どっちつかずなものも、いまわたしが考えている「葛飾」とリンクしてて、惹かれたのかな、とおもったりします。そして東京以外でも、いろんな地方のあいまいな場所を、このたかさからみてみたくなります (( 外国を撮影したものだと、松江泰治の(HASYMOの『Tokyo Town Pages』のジャケを撮影した人です)『In-between 7 松江泰治 イギリス、スロバキア』がありました。視点のたかさ以上に引いて/みおろしている感じがする、似ているようでまったく異なる視点の写真集です。)) 。

下の写真は、わたしの目線のたかさでみた、大晦日の中川(葛飾区の中央を流れている川)土手@葛飾亀有の景色。

このエントリの下書きをしてる間に年があけていました。

アディオス、たいへんな一年。オラ、たぶんまた、たいへんな一年。

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