
墨田区東向島(ひがしむこうじま)を歩きました。向島百花園、隅田川沿いと桜が咲いていましたが、桜の写真よりもまちの風景の写真ばかりとっていました。最近写真に変な向上心がでてきてしまい、いいのかわるいのかわかりません。
結局下町っぽい写真も少ない、ぼくの気になるかつしか的な風景ばかりとってきました。
東向島@tumblr : http://libertysketch.tumblr.com/tagged/sumida
春から職場が変わり、ついでに風邪をひいたため落ち着いて描けないでいましたが、そろそろまたアップしはじめます。止まりつつも、いろんな形を考えてます。
浅草から葛飾まで、あるきました。
途中にある「東京スカイツリー(新東京タワー)」の建設現場をみてみたかったからです。新タワーは浅草から隅田川をわたった東側、墨田区の業平(なりひら)というところに建設されています。浅草から雷門の前の浅草通りを東にすすみ、隅田川にかかる吾妻橋をわたってさらにまっすぐいきます(途中の満願堂吾妻橋店で「芋きん」を買うことをわすれません)。業平一丁目の交差点を左にまがると東武伊勢崎線業平橋駅があり、そのすぐ隣が建設現場です。途中の浅草通り沿いには、へんな公園もあります。
北十間川の向こうにみえる建設現場ではおおきなクレーンが何台もうごいていて、そのまんなかになにやら土台らしき骨組みがみえました。通りにはってあった工事の計画表をみると、いまみえているのは「低層棟」の地上鉄骨工事らしく、タワー本体ではないみたいです。よくわかりませんが、ようするにまだまだってことみたいです。



「立ち小便禁止」の看板のある川のむこうに、再来年には600m超のタワーができるなんて、なんかよくわからない光景です (( この辺の新タワーをめぐる地元の人の感覚を知る文章としては『PLANETS vol.4』(第二次惑星開発委員会、2008)所収の「東京StrangeWalk」があります。『新下町伝説 超天空610m墨田に東京スカイツリーがそびえる』(東京新聞出版局、2008)は完全に宣伝ですが、地元の工場の人のインタビューなどはおもしろいです。))。ただ新タワーの建設も、現タワーができた頃のような、明るく豊かな日本の未来の象徴みたいな、そういうものではないことは確かです。地デジとかあんまのぞまれてないし、物はたりてるし、所得ふえないし、オリンピックやらなくていいし。おそらく荒川土手からもタワーのそびえたつようすは見えるでしょうし、となりまち葛飾の景色にも関係のないものではないので、できるまでそれなりに気になります。できたあとの景色も。まあ一度はのぼるだろうなあ。
建設現場をあとにして、京成押上駅の前をとおって、京島をめざします。タワーだけじゃなくて、まちのなかでも高層マンションが建設中でした。



墨田区は1947年(昭和22年)、本所区と向島区の二つの地域が合併して成立しました。おおざっぱに(ほんとうにおおざっぱに)わけると区の南部が旧本所区、北部が旧向島区です。どちらの区域もかつては武蔵国葛飾郡に属していて、つまり「葛飾」だったのですが、旧本所区のあたりは早い時期から市街化し、江戸市域(のちは東京市15区)の範囲内でした。本所割下水、今の墨田区亀沢あたりに生まれた葛飾北斎が、「葛飾」をなのっているのは、そこが「葛飾」だったからです。おおざっぱ(ほんとにおおざっぱに)いうと、旧本所区は昔から都会で、旧向島区は郊外、田舎でした。永井荷風の『ぼく(さんずいに墨)東綺譚』や滝田ゆうの『寺島町奇譚』でおなじみなのは、こっちの旧向島区の方です。ついでにいうとお笑いコンビさまぁ〜ずのふたりも、墨田区の旧向島区域出身です。
旅行などからかえってきて、ぼくがほっとするとのは、京成押上をすぎたあたりから、つまりは墨田区の旧向島区に入るあたりからです。体感的にはこのへんから「葛飾」です。墨田区のひとからしたら、葛飾みたいな田舎といっしょにするなと思うかもしれませんが、南葛飾郡とよばれ荒川放水路ができるまでは地続きだったわけで、そのころからの土地の連続性のようなものは、いまもまちの空気に感じられるような気がします ((荒川放水路によって分断された村々の歴史については『新版 荒川放水路物語』(新草出版、1992)がくわしいです。)) 。
京島にはいると、迷路のように細い路地がつづいています。木造家屋がならび、道はまがりくねり、家の前には下町ガーデニング(狭い軒先いっぱいに植木がならんでいる様子)です。キラキラ橘商店街を通ってTVなんかでも有名なハト屋のコッペパンを買って、またぶらぶらと荒川土手めざしてあるきます。

葛飾の四つ木や堀切、立石あたりにもこうした路地はあるにはありますが、ここまで狭く密なものではありません。やはり京島とその周辺の地域に特徴的な町並みだと思います。でも田んぼのあぜ道を想像させる、曲がりくねった平らなほそい道と、屋根がひくくて空がひろい景色は、ぼくのからだに「ホーム=定位の場」を感じさせます。前に通っていた職場は、どちらかというと山の手の、坂の多いまちにあったのですが、どうしてもからだが違和感を感じるというか「ホーム」に感じることができないままでいました。もちろんその違和感はけっして不快なものではなく、それまであじわったことのないまちとの接し方をからだが必要として、あたらしいあるき方をみつけるための、大事な違和感なのですが。
そのまま八広のまちをぬけて、荒川土手に出て、川を渡って葛飾にはいりました。意外と都内、あるけるものです。ただコッペパンは家につくころには完全にさめてました。


葛飾区立石(たていし)から同区新小岩までをあるきました。
立石を中心とする旧本田(ほんでん)地区は、区内のほぼ中心部に位置しています。この地区にある立石や四つ木(よつぎ)は区内でもわりと早くから市街化したこともあって、工場や商店などの集まる、いわゆる下町っぽい町並みがみられる地域でもあります。区役所も立石にあり、葛飾区の「へそ」といったところです。
映画の撮影に使われたりするのも、古い商店街などがあり、下町っぽさをのこす町並みからでしょうか。おいしい洋食屋さんなんかもあって、ぶらぶらするのにはよいまちです。


駅からまちのなかをぬけ、奥戸街道から中川土手にでます。奥戸街道を右にまがり土手沿いをあるいていくと、やがて区内を南北にはしる平和橋通りにでます。まっすぐ南に歩いていくと、新小岩です。新小岩にちかづくにつれ、通り沿いにビルやマンションがふえてきます。どこをみてもたいてい空がひろい葛飾区にあって、おそらくこのへんがもっとも都会っぽい景色じゃないでしょうか。立石のある旧本田地区から中川をわたった新小岩周辺は、同じ区にありながら通っている電車の路線がちがうこともあり(立石は京成、新小岩はJR総武線)あまり一体感はないように感じます。駅周辺のにぎやかさは(それでも他区の繁華街とくらべるとたかがしれてますが)区内ではほかにないですし、まちには工場も多く、荒川土手とその上をはしる首都高も近いため、かなり雑多でノイジーな印象です。四つ木や立石あたりとくらべると中小といってもやや規模の大きい工場が多い気がします。



立石から新小岩、距離にすると3kmくらいでしょうか、同じ区内にあってもまちの印象はことなるものです。東京近郊のまちを電車の窓からみると、建物の高さや住宅の密度など、一駅ごとにかわっていきます。すこしずつちがった町並みがあつまって、雑多な、それでいてある一定の統一感をたもちながら、よりおおきなまちの景色をつくっています。ひいてみても、よってみても、それなりにおもしろい。
このあたりはザッツ・ゼロメートル地帯でもあります。もともとやわらかい土壌のうえに、たくさんの工場が地下水をくみ上げた結果地盤沈下をおこし、土地のたかさが海面よりも低くなってしまった地域のことです。オランダ(Nederland=低地地方)もしくはミシシッピみたいなとこです。ほとんど坂のない、変化に乏しい地形です。
この柔らかな湿った土地、不安定な足場は、でもわたしが文字通りアットホーム(at home)に感じる場所でもあります。それは、自分自身のからだにとっての「定位の場」 (( このことばは『包まれるヒト』(岩波書店、2007)という本で読んだ、脳性麻痺の人のためにオーダーメイドの椅子をつくっている野村寿子さんという作業療法士の方がおっしゃていたことばです。世界とつながるための「定位の場」を、椅子を通して提供するお仕事についてのインタビューがのっています。ものすごく感動するお話です。ほかにもホンマタカシ、保坂和志、青山真治の話や、環境に包まれることを考える哲学についての文章など、とても刺激的な本です。図書館でぜひさがしてみてください。http://www.jla.or.jp/link/public.htmlから各県の公共図書館の蔵書を検索できます。地元になくても、相互貸借制度を利用すれば他の自治体からとりよせることができます。 )) 、そこから世界をながめる場所です。この場所にある自分のからだからしか、世界とつながっていくことはできません。いちばんしっくりくる場所から出発して、しっくりこない場所のしっくりこない箇所をみつける。でもそのしっくりこなさは、ときに不快ではなく、はじめてあじわう異なるここちよさでもあります。まちは自分のからだの延長のようなものでもあり、それはまちがわたしのものであるということではなくて、まちと自分のからだの境界があいまいである、ということはまちを介して他のからだともつながっているということでもあるはずです。だから、まちをあるくことは刺激的で、ときに興奮します。それがたとえ、地元のなんでもない(ように思える)まちであってもです。